ホスピス、緩和ケア看護覚書*カナダ編

カナダでホスピス看護師をしています。2009年9月からバンクバーの某大学院 でMaster of Science in Nursing を始めました。End of Life CareのCNSになれるようにがんばります。半学生、半看護師の生活です。そして3児の母親でもあり、カナダ人の夫とは11年たっても熱愛中でごじゃいます。ブログに登場する人物名はすべて仮名です。

お帰りお嬢様

AJが帰ってきました。実母と住むと決心して出て行ったのは1年半前のこと。あの時にはスーツケース一個と数箱で出て行ったのに、トラック2台分の荷物でのお帰りだった。物を買い与えることで愛を表現する(もしくは代償とする)実母だけあって、半端ではなかった。これでもたくさん捨てたのよ、とAJ。

このところ母娘の関係で悩んでいた(というより泣いていた)彼女。母親と娘の関係が逆転してもう我慢できない、という理由からだ。実母の離婚は初めてではない。しかしAJが大きくなったからか(その前の離婚でAJは11歳だった)、実母の母親としてのガードが下がって、まるでティーンに戻った実母。家には帰ってこないし(5日から一週間も帰ってこない)、冷蔵庫も空っぽ。歯磨き粉さえない家(AJが我が家へくるたびに必要物品を調達していた)。新しくできた彼の家に入りびたりで、売りに出している家の世話もAJにまかせっきり。たまに家へ帰ってくれば喧嘩ばかりで、彼女は泣いていた。それでも、母親を一人にはできない、とか悲しませたくない、と我慢をしていた彼女。旦那も私も何度も相談に乗っていた。

かわいそうだが、こういう実母の態度は初めてではない。恋愛関係が不安定で、新しい関係になると、なにもかも投げ出すタイプ。そういう両親に育てられて、同じことはしたくないと言いながら、まさにそれをしている実母。Brodyはとっくの昔にそれを見抜いて私たちと暮らしだした彼。最近成長したせいかはっきり自分の気持ちを言うようになった。”あの人はおかしいよ。はたで見ていてこっちが恥ずかしくなるよ”とまで言わせた。完全に母親と自分を断ち切った位置づけを示す彼。

AJとBrodyが小さいときから、一緒にいても片手に携帯を握って他の人と話しながら、愛してる、とうわべだけの言葉とキスを子供たちに与えることしかできなかった実母。いつかこんな日が来るとは思っていたけれど、、、母親の愛を探し続けた二人。我が家へ戻ってきてもAJはいまだに探し続けているようだ。旦那と付き合いだして、AJとBrodyを紹介された時なんてふびんな子供たちなんだ、というのが第一印象だった。母親を一人にしたと責任を感じている彼女の姿があの日に重なる。いったいどっちが大人なんだ。子供としてもっとすくすく育って欲しい、ティーンとして青春(もうこんな風には言わないかな?)を謳歌して欲しいと思う。

で、ほぼ一人暮らしの生活から”家族”と暮らすことには時間がかかるようで、、、、お互いに調整しながら暮らしていかなければならない、と思うが、今朝は大音響の音楽で家中が起こされた。当の本人は鼻歌交じりに朝シャワーのつもりだったらしいが、他の家族のスケジュールも考えて欲しい、、、。一人暮らしの影響は良い方にも、、、呼ばなくても夕食作りを手伝ってくれたり、暖かい食事をそれはそれは喜んで食べてくれたりと。来月で17歳になる彼女。3ヶ月間付き合っている彼もいる。我が家へ来る時はどうしたら良いのか、、、。話し合わなくては。新しい生活が始まった。

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オリエンテーション一週目

訪問のオリエンテーションの一週目が終わった。訪問がプライベート化されているオンタリオ州とは変わりBC州ではまだユニバーサルヘルスケアシステムの一部。だから雇い主は今までの病院系のと同じHAだ。

訪問は慢性期と急性期に分かれていて、私が配属されたのは急性期。患者は緩和、じょく創、在宅点滴の患者だ。割合は3分の1ずつ。緩和の経験が豊富ということで、普段のオリエンテーション期間4週から3週へダウン(2週とまで言われたけど、伸ばしてもらった。せっかくつけてもらえるオリエンテーション。最大限活用したいものだ)。緩和は大丈夫とただひたすら訪問でのじょく創のケアについて学ぶ。コンピュータープログラムを使用して観察記録をするので、ホスピスや病院でやっていてた時よりずっと効果的に思える。それにホスピス緩和で働いている期間が長いので、治っていくじょく創を見るのは感動さえも覚える(ホスピス緩和は悪くさせないが目標になるので)。

ポイント制で1ポイントが15分。一日の仕事の割り当ては15-20ポイント。例えばただのじょく創のガーゼ交換は3ポイント(45分)。難しいものや緩和系だと4ポイント(1時間)となる。電話相談だけだと1ポイント。緩和の電話は2ポイント。この時間には看護そのものと記録や準備の時間も含まれている。緩和はその難しさからポイントが高く設定されている。じょく創がなくても一回の訪問に最低でも4ポイント(1時間)つけられている。

朝8時に仕事場へ行き、自分の割り当てを知り、カルテをもらい、一日の計画を立てる。必要なものを車に積み込み9時半ごろにはオフィスを出る。4人から7人ぐらいの患者の家を回り、昼過ぎにオフィスに戻り、記録をして4時半に帰宅、という具合だ。

CRNとしてコンサルタントチームにいた時は、訪問の看護師さんをサポートしていたのでなんとなくは知っていたけれど、一からきっちり教わると細かいことを理解することができるので、この仕事を取ったことをうれしく思う。

オフィスは高層ビルの上階にあって眺めがとても良い。車を仕事に使うということで、高いオフィスの駐車代も完全負担だし、もちろん走行距離に相応したガソリン代も出してもらえる。車の保険の一部も負担してもらえる。鍵つきのかばんやら携帯電話、カメラやいろいろなキットも配布され、一人ひとり自分のデスクももらえる。病院系とはまったく違いゆったりした環境だ。

患者さんも”家にわざわざ来てくれる看護師さん”として暖かく迎えてくれる。一人で家を訪れる看護師の安全も細かく守られているようだし、今のところ順調といったところだ。

今週から始まった大学院の方は今回もまたもやオンラインでできるコースを取った。看護倫理と政治だ。ペーパーは3つも書かなければならないのでそれがつらくなりそう。でも内容はコアコースの割りには興味が持てそうだから、楽しめるかな?

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あけましておめでとうございます

今年もよろしくおねがいします。ブログもあまり更新しない間に、あっという間に冬休みは終わり、明日からまた大学院がはじまりまる。そして新しい職場も。臨時でしていたコンサルテーションの仕事が終わりこの一月からは念願だった訪問看護が始まります。一ヶ月間はオリエンテーションでその後から自分のローテーションが始まります。といっても3月上旬までの臨時のポジション。病休をカバーしているようで延長の可能性があるとか。しかしフルタイムではなくFTE0.5とこれまたパート。

入りにくい訪問に入れたので文句は言いません。きっとこれを機にここでもカジュアルで働けるかな?とのんびり構えている私。

しかしこの仕事は臨時なのでカジュアル扱いになるので、私にとってなんと8個目のポジションだ。EndofLifeCareにこだわっている私は他の部門で働こうとしない(普通のカジュアルたちはひとつの病院でいろんな科をまわる)。だから3つの病院(といってもホスピス科)とTPCUそしてコンサルテーションのCRNと7つを掛け持ちする私。よくそんなことするね~と言われる。病院によりIDナンバーも変われば、駐車場のルールも変わり、昨年はうっかりして2つも駐車違反を切られてしまった。普通はカジュアルでもセニョリティーを稼いでいくわけだが、3つも(この一月からは4つ目が加わり)IDを持っている私はセニョリティーも3つに分かれているわけでとても不利なのだ。雇い主はひとつなのにめんどくさいものだ。

大学とのことがあるし仕方ない。最近はカジュアルも仕事がないと聞く。そんな中で昨年一年間収入が減ることもなく、過ごせたのは7つも仕事を持っているおかげかもしれない。うっかりダブルブッキング(2箇所とシフトを組んでしまうこと)をしてしまったりカレンダーとにらめっこが続いたり、ストレスが高まったりするけれど、仕方ないと思うことが賢明だろう。

一度はやってみたかった訪問。ふふふ楽しみだ。

ちなみに、今年のお正月は御節を作るどころか(海外にいても、子供がいても作る時は作る私)、お雑煮も祝い肴も用意することもなく、なんとなく新年を迎えてしまいました。と言うのも体調を崩し喘息発作まで起こしてしまい、まったくさんざんな年末年始でした。それでも昨日ダウンタウンへ行ったついでにわざわざ某日本食スーパーへ寄ったのに閉店。悲しいものです。先ほどめちゃめちゃだった机の上を整理して気持ちがすっきりして新年を迎えたと言う気分になりました。ようやく厄があけて、今年こそ良い年になりますように!と心の中で日本の神社に向かって手を合わせてしまいました。再び、、、今年もどうぞよろしくお願いします。

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大改修

本当はクリスマスの前にサンフランシスコにでも小旅行へ行こうか、なんて飛行機を予約しようとした時、発覚してしまった。屋根からの水漏れ、、、、。それも3箇所から。そんなことで旅行費用は屋根の修理代に大変身。我が家は築12年になります。築7年の家を買い取り、5年がたちました。購入の際高いお金を払って査察をしてもらったというのに、後から、後から不都合なことが出てくる。水漏れもそのひとつ。きちんと刃物で切らずに足で蹴飛ばして穴を開けた跡が、、、、パイプがきちんと穴にあっていないためそこから水漏れが、、、

AJが我が家へ帰ってくる宣言をしそうだったので(そして今は宣言されたので彼女は確実に我が家へ戻ってくる)、子供たちが友達とわいわいできるように遊び部屋を屋根裏に作ろうか、という話になっていた。屋根裏といってもとても広く高さもあって、物置に使うにはもったいないスペースだった。しかし部屋として使うにははしごを階段に変えなければならないし、天窓もつけなければならない。トイレを設置するかしないかなど、購入以来ずっと案を練っていた。もちろん費用もたくさんかかる。そんなこんなでのびのびになっていた。AJが帰ってくれば家族5人。それぞれの寝室はあっても大きな子供が二人もいるとなんだか窮屈。それにBrodyのテレビとゲーム好きでリビングルームは占拠されオフィスが隣にあるので私はうるさくて勉強に集中できない。どこかへ行ってほしいといっても行く場所がない。子供たちのお泊りパーティーや客人のための寝泊りできるスペースも欲しい、とも思っていた。で、えーいこの際やってしまえ!と屋根裏部屋をプレイルーム兼客室にする決心を水漏れの発見を機にした。

そしてプロジェクトの拡大は続く。我が家は南北に細長い家で2階の南側の主寝室以外は窓があっても光が入らず暗いのだ。特に冬はそれが鬱陶しくて2階の廊下に天窓をつけて明るくしたいとも思っていた。屋根裏部屋に天窓をつけて屋根を修理してもらうなら、廊下用の天窓もつけてもらいましょう、と結局天窓を合計5つ入れてもらった。そして廊下の天井を開けて直接天窓から光が廊下に続くようにということになり、、、、。絵里佳の部屋が暗いので室内窓を設置して部屋が明るくなるように、、、と大改装になるようだ。

早速始まった工事。屋根関係は屋根屋さんに任せ(我が家の屋根は地上から10mで角度が45度ととても危険)たけれど、後はハンディな旦那様のお仕事。そして最近はBrodyという子分もできて二人のプロジェクト。プロジェクト第一弾はインソレーション(熱遮断材)から。既存のインソレーションを取り除きスプレータイプのインソレーションをする。とても高い代物なので100%はつけず、5cmほど入れて、既存のインソレーションを戻す。こうするとインソレーションに封ができて効果があがるとか。我が家はとても寒いのです。北国だからインソレーションが大切なのに、分厚くしても効果が上がらなかったのは封がきちんとしていないからと言われ、この際やってしまおうと、、、、これだけでも大事業でした。まる3日かけて彼らはやっていたから。完成するのはいったいいつなのだろうか、、、楽しみだ。

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これが屋根裏

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ピンクと黄色いものがインソレーション。このしたが私たちの寝室。三角屋根型の天井になっているのだ。穴は2階の廊下からはしごで上がれる入り口。

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ピンクのインソレーションを取り除いたところ

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この二つのタンクの中身が混ざってスプレーから出てきてインソレーションになる。

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予定通り行かないことって、、、

私が働いている地域はホスピスへの移行や在宅での死が可能になるようにいろいろなシステムが整備されている。しかし予定通りにならないことも時にある。

先週2件もERにひん死状態の方が到着したのだ。どちらとも終末期であったことは明らかであったが、なぜかプログラムにも登録されることもなく、ここまできてしまったのだ。両方に共通だったことは、結構病状が安定していたのだけれど、急に状態が変わって、、、ということだった。プログラムには予後が6ヶ月以下になると登録することができる。病院などに行かなくても訪問看護とつながり、病状をモニターされるので、症状が進行すれば将来に備えて準備を始めることができる。必要な手続きさえしていれば、在宅からホスピスへ直接入院することもできる。

どうして、もれてしまったのか、、、一件目はまだまだ、地域の医師がプロセスを理解できていないことが伺え、継続して教育を行っていくことの大切さを思った。また、地域や家族への教育もまだまだ、行っていかなければならないと思った。2件目はプログラムへの紹介のタイミングだろう。6ヶ月以下と一言で言っても、本当のところは難しい。医師が持っている情報は統計や臨床経験からの見解で、必ずしも的中するという保障はない。予測より早まる人もいれば、長くなる人もいる。もちろんこのことは上司たちに報告し、再発しないためには何が大事かと検討するまでに。

で、当日に戻って、、、ホスピスへの手続きは、普通、3、4日かかるものだ。ケアの質の説明から、たくさんの登録書類、申請、認可と続き、アクセスを通って、、、と簡単にホスピスへ行ってらっしゃいとはならないのだ。しかしERは終末期の患者にとってふさわしいところではない。いち早くここから出させてあげて、落ち着いて最後の時が過ごせるようにしたいものだ。2件とも3-4日かかるすべてのことを1時間半で終わらせた。電話をあちこち掛け捲り、スピードアップを図り、受け入れサイドへの気遣いも忘れず、、、とスピードを上げてもスムースな移行になるように細心の気配りをするのだ。一筋縄ではいかないこともあった。現存の規則を曲げることもした。

おかげで両件とも、数時間だったがホスピスで落ち着いた最後を過ごすことができて、ホスピススタッフから良い入院だったし、家族が何より喜んでいた、と聞いた。最悪な状態でもその中で良い状態を作り出す、、、、それも技量なのかもしれない。

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