がやってきました。無事タームを終え、論文も提出してほっと一息(結局提出期限ギリギリで金曜日のクリスマス会には不参加、、、悲しい)。眠れぬ日々が続いて週末はまるで眠り姫のように(とそんなに美しい姿ではないけれど)何時間も眠っていました。ほっとしている間もなく1月からのタームの情報がドカーンとメールで送られて、、、せっかくのクリスマスムードがぶち切れじゃん、、、と思いながらも、やはり休みはうれしい。

で、実は悩みの種が、、、コースを変えようかと、、、。今のコースはマスターのコースで、併設でナースプラクティショナーのコースもあって、申し込みの期限が1月の下旬なのだ。ナースプラクティショナーって何?と思われる方、ぜひこの方のサイトを覗いてください。他の方へのリンクもここからいけます。最近は日本でも開始された仕事。アメリカは60年もの歴史があるけれど、カナダはまだひよっこなのだ。オンタリオ州は10年。BC州はたった5年。アメリカのように専門のナースプラクティショナーはまだなく急性期のナースプラクティショナーがオンタリオで始まったのも数年前のこと。州によって取り決めもかなりばらつきがあったり。しかし医者不足のおかげで将来がとっても明るい仕事なのだ。

で、どうして方向を変えようかと思っているかというと、、、

もともとCNSになりたくてはじめたマスター。でもCNSの人たちって臨床というより、運営やポリシー、リサーチに関わっている仕事がメインで教育はちょっとだけ。なんてたって最近の医療費削減で仕事量が増えて、とてもつらそう。みんなやつれてって印象の方が強い。その反面ナースプラクティショナーをしている人たちも大変だけど、生き生きしている!100%臨床ってところがいいな~とつくづく思うようになった。

もともとナースプラクティショナーに興味があったけれど、緩和から離れたくなかった。でもアメリカのケースをみてもわかるように、需要と供給で必ずナースプラクティショナーが緩和に必要にされる日々がやってくる、と確信するようになってきたから。歴史が浅くて医師との兼ね合いが難しく、就職も難しかったけれど、それも好転してきている。

英語が第一外国語で日本人ということを自分の欠点のように思っていた。もっと英語が上達したら、カナディアンみたいになれたら、なんて思ったことも。しかしこれを裏手にとっても自分を生かせば良い、と思うようになった。日本人のコミュニティーや移民の人たち、特にアジア系の文化を理解できる者として、そういう看護視点からナースプラクティショナーとして患者と関わっていけたら、と思うようになった。日本の医療とカナダの医療を比べて、カナダの医療を信用できなかったり、誤解する人もいるだろう。両方を知っているものとしてできることはたくさんあると思う。

でも踏み切れないものがある。

今は半学生なんて身分で仕事もしている。なんてったって家のローンもあれば家族を養うという責任もあり、無収入にはなれないからだ。しかしナースプラクティショナーのコースはフルタイムしか許されないのだ。2年間収入なしなんて、奨学金を集めたって、、授業料は出ても家のローンはどうするのだ、、、と経済的な悩み。学生ローンって手もあるけど、住宅ローンは支払ってくれない。

そして家族のこと。片道2時間かけて毎日学校なんてやれるわけない。大学構内に部屋を借りて単身赴任でもしなければやっていけないと思う。しかし絵里佳はまだ5歳だ。母親業を投げ出すわけにはいかない。旦那と話して大学の近くへ引越しをすることも考えた。しかしBrodyの高校を変えるわけにはいかない。最近はAJが我が家へ帰ってくることも言っている。AJもまだ高校生だ。二人をおいて引越しするわけにもいかない。

先日、去年クラスが一緒だった子に偶然会った。卒論を書くだけで他はすべて終わったとうれしげに話す彼女。いまだに親と一緒に住んで好きなだけ勉強して夕食のことも心配しなくて良い生活、、、自由な身って良いな~と妬みたくなった。私にとって家族はとても大切。家族を捨ててまで仕事や学業にかけるつもりはない。AJとBrodyの高校が終わってからなら、、なんて考えることも。でもそんな理由で休学することはできない。もう初めてしまったマスター突き進むか辞めるしかないのだ。もっと自由な身になってからナースプラクティショナーを改めて申し込むことだってできる。でも自分の年齢だって考えなくてはならない、、、。今でさえ頭カチコチなのに。

あーあ、どうしようかな~

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