ホスピス、緩和ケア看護覚書*カナダ編

カナダでホスピス看護師をしています。2009年9月からバンクバーの某大学院 でMaster of Science in Nursing を始めました。End of Life CareのCNSになれるようにがんばります。半学生、半看護師の生活です。そして3児の母親でもあり、カナダ人の夫とは11年たっても熱愛中でごじゃいます。ブログに登場する人物名はすべて仮名です。

ホスピスケア

ためになる

今期とったサイコソーシャルオンコロジーはとても楽しい。カナダ東部から西部の10の大学が二つのスポンサーの下、開発したコースでアカデミアと卒後教育コースの二つがある。対象は看護師だけならず医療従事者全員が対象でインタープロフェッショナルについても学ぶ。オンラインのコースなので週に一度クラス時間があって、オンラインでビデオやマイクを使ってディスカッションをする。タイプによるディスカッションも同時にできる。クラス時間以外はReadingについて掲示板で意見交換をする。

東部と西部は3時間の時差があるけれど、同じ時間にエントリーしてクラスをしていくのは楽しい。現代の新しい教育のスタイルに感謝だ。グループワークもオンラインでできるようにセッティングされている。最後の課題はグループワークだ。教材もジャーナルだけでなく患者家族が経験を語るビデオだったり、経験を再現した劇のビデオ、患者さんの日記、ケースなどビジュアルなマテリアルをふんだんに使っていて臨床とのつながりが高い。

内容はとても深く。がんにかかわる精神的、社会的なトピックをカバーしている。3週目と4週目は鬱、自殺、不安について7週目と8週目は家族と子供のケア、9週目と10週目は性とがんなどなど、どの週もがんケアには欠かせないものばかり。インタープロフェッショナルの点でも、ソーシャルワーカーや精神科医の視点など職種を超えて話し合えること、お互いの職種を深く知る点でも意義がとても大きい。

2週目の課題が5年前にがんで亡くした友人の声にダブるマテリアルで、つらかった。クラスの中でも友人や家族が今がんと付き合っているときで、ビデオを見るのがつらいという人もいた。サイコショーシャルのケアをすることは自分自身を知ることでもある。自分の中で見つめたくないことまで、見つめなおさせられることもある。つらいがこれが大きな成長へのチャンスでもある。以前にも書いたが本当に「つらい」と感じているのは患者本人なのだから、自分を見つめる苦痛はそれに比べたら小さいことなんだから、やっていけるさ、と進むのであった。


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雑誌連載2回目

がん看護9、10月号に連載2回目が載っています。私の働いているところのホスピス緩和ケアの仕組みについて書きました。日本とは基本的な医療制度が違うので「連携」の面は取入れが難しいと思いますが、何か参考になることがあれば、、、

で、掲載ミスに気づきました。と言っても横浜のセミナーでも堂々と間違いを話していたので、私の勘違いと言った方が正確。

訪問介護の時間数は一日4時間がマックスで週28時間となります。一日2時間では少なすぎますね、、、。

この号は、ほかにもCNSやANPについても書かれているので、ぜひぜひ購読してください。

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天と地の差

天からあっという間に墜落なんて経験があるものだ。今日はまさにそれでかなり凹んでいる。

FABPというものがある。病院のベッドの稼働率を上げるために作られたポリシーだ。病院は急性期の患者が行くところ。慢性期になったり急性期の治療が必要ない患者は病院を出なければならない。といっても追い出すわけにはいかない。きちんと行き先を見つけるのが病院側の仕事でもある。例えば高齢で在宅退院が不可能な場合は療養施設へ移動となる。しかしその療養先のベッドが必ずあるというわけでもない。地元の療養施設のベッドはなくても隣町の同等のベッドは空いている場合がある。そういう時患者を一時的に隣町の施設へ送るのだ。車で30分程度の領域がターゲットになる。そうすることで地域全体の稼働率を上げる(空床を減らす)ことだ。病院を不必要な患者によってベッドが占拠されることを防ぐことにもなる。しかし、本人にとっては地元を離れるつらさ、家族にとっては見舞いをする距離が長くなるというつらさもある。特に高齢者は運転をしない、できない人が多いのでバスなどの交通の便が悪い地域に住む人にとってはなおさらだ。だから断りたくなる気持ちもわかる。「地元のベッドが空くまで移りません!」と地団駄を踏むのも。その一方で病院のベッドに一晩泊まるということにどれぐらいのコストがついてくるかご存知ですか?一昔前は10万円ぐらいだったのが今は50万円近いという話です。もちろんカナダは医療費が無料なのでこんなことを考える人はいません。しかし、医療者側の意見=病院にいる必要のない患者 が居座ると「病院をホテル代わりに利用している」なんて取られてもしかたがない状況が生まれるのである。だから移動を拒否すると政府からの補助がなくなり全額自己負担というペナルティーがついてくるのである。脅しととられても仕方ない。しかしベッドがなく救急室にあふれる患者。病棟へ入院しても病室にも入れないで廊下で数日を過ごす患者の姿は日常的になっている。それほど病院のベッドは不足しているのだ。こういうポリシーを作ることでベッドの回転率を上げること、予算の節約にもなるのだ。で、このポリシーは療養施設だけでなくホスピスにも使用される。

ホスピス患者の利点はホスピス施設を最大限稼動することができ、病院で亡くなることを避けることができる。欠点はホスピス患者の余命の短さだ。その中でホスピスを転々とするのは、患者、家族にとってストレスが高まる。だからホスピスを勧めるときこのポリシーをどういう風に話すのか腕の見せ所になる。

すっかり前置きが長くなったが、今日このポリシーのことで家族にかなり強く非難された。とても患者思いで素敵な家族で先週までコツコツと関係を築きあげてきたのに、待ち望んでいたホスピスの空きが隣町のホスピスで料金所のある橋を渡らなければならず、そのホスピスの名前を出したとたん逆上されてしまった。もうそれ以来「聞く耳もたん」とばかりに罵声が続き、医師のバックアップも無残に追い出されてしまった。だー。

しかしこの家族のつらい気持ちもわかる。つい最近患者の夫が心筋梗塞で急に亡くなった。病気ひとつしたことのない、患者を支えてきた夫だ。患者本人、二人の子供(といっても成人だが)は悲嘆にくれている。そんな時にこんなニュースを持ち込まれたら腹も立つだろうに、と思う。結局私はマネージメントに特別許可の申請をしてポリシーの例外のケースとしてもらった。だから、ことはうまい方向に向かっている。しかし悔やまれる。もっと違うアプローチができたら不必要なストレスを患者と家族に与える必要はなかったかも、と。あー落ち込む。

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感動の言葉

患者や家族から感動の言葉を学ぶことがある。

ALSの診断から急速に病状が変化していったマック。ICUに呼吸器の管理のために入院となった。しかしながら予後の悪さは確実。治療方針を決めるファミリーカンファレンスに私たちのチームが招待された。彼の気持ちはもうホスピスへ。

しかしホスピスベッドに空きはなく積極的な治療をやめて緩和治療のみとしてからも彼はICUに数日いた。たくさんのモニター類に囲まれた生活からモニターやベッドを囲む医療機器のないホスピスへの移行。不安ではないかと尋ねると

こんな高そうな機械だって、僕のALSを治してくれているわけでもなくALSの進行をモニターしているわけでもないのだから、僕にとっては意味のないことだよ、とさらっといいのけたマック。


ピッピといろんなことを計測することができるモニターたち。それをつけられることを喜ぶ人は果たしているのだろうか?不安定な状態の象徴のようなものだ。生死の境をうろうろしていることを示していることを本人はどう思っているのだろうか。きっとモニターの装着を喜んでいるのは、安心できるスタッフとそうしてもらっていると安心感をもてる家族だろうか。しかし確実な死を待っているマックにとってはまったく意味のないことだと知った。

高価な医療機器でさえ無用の長物となってしまう。その人にとっての意味を考えることは大切なことだと学んだ。

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緩和ケアって何だろう

コンサルテーションチームに入って1週間半が経った。毎日、毎日学びの日々で楽しんでいる。しかし、驚くこともたくさんある。そのうちのひとつがコンサル テーションの理由だ。症状緩和とかホスピス入所のアセスメントと書いてあることが多い。で、患者のところに行ってみると、状態はよさそうだし、症状も特に複雑な状態ではない。そして予後は3ヶ月以上はありそうな患者が多いことだ。ホスピスへ入るためには余命が3ヶ月以下であることが必要だし、プログラムに 入れるのは6ヶ月以下となる。それまではしっかり内科や腫瘍科で診ていくものだ。

誰だって完璧ではない。間違いもするだろう。しかしどうも既往にがんがあって体調を崩すと”緩和に任せて”という態度があるように思えてならない。それ以上 に納得できないのが”緩和だから何もしなくていいよ”と検査ひとつしない。カルテに”末期の、、、”なんて書いているがこの末期って言うのはどういう情報の元で書かれているのかわからないものが多い。

先週末から急にせん妄症状がでたイーアンさん。それまでは軽い認知症がある妻の世話をしていたほどだった。今年の2月に肺がんを診断される数年前肺気腫も診 断されていたので、放射線療法などの対象とならなかった。イーアンさんのせん妄が激しくなって訪問看護師はホスピスへの入院を依頼した。しかしホスピスに空きはなく、地元の病院以外へは行きたくないとTPCUではなくERへ搬送された。最後に家庭医に診察された時は(せん妄が起こってから)、もうすぐだと 思います。覚悟するようにと家族は説明を受けている。家族はそれをERの医師に伝え、じゃあレントゲンだけ撮っとく?と一枚だけ検査の依頼。結果は腫瘍の大きさに変化はなくもしかしたら肋骨に転移があるかも知れない。ほかの所見に変化は見られなかった。それなのに他の検査の依頼はない。

で、私の登場。訪問の前に緩和医師と過去の検査や他科のコンサルテーションの所見、がんセンターの所見などすべてに目を通して、予後の大体の予測を立ててい た。で、私たちの結論は予後6ヶ月前後。しかし現在の状況によってというものであった。私は患者のアセスメントをして問診もしっかり行った。顔色もよく、応答も思っていたよりしっかりしていた。食事の摂取量も悪くなかった。すぐに気がついたことは便秘をしていること。便秘でせん妄になる人は多い。次に妻と 娘に電話をして状態が悪くなる前と後の状態の情報を得る。で私の診断は急なせん妄の原因によりけりだと思い。看護師に排便のケアーをするように伝え、受け持ち医師に血液検査などの依頼を頼んだ。で、結果は高カルシウム血症。点滴と注射薬で症状が改善できるではないか!?もちろんこの高カルシウム血症は予後 が不良だということも知らせている。ホスピス入院に適している証拠だ。すぐにホスピス入院への手続きを行った。

緩和医療は何もしないことではない。侵襲の大きい検査を薦めているのではない。簡単な検査や治療で、残された日々の生活の質が上がるなら(せん妄のまま亡く なるのか、改善してさよならをする時間が稼げるのかの違い)、患者の意思に反しない限り行っていくものだ。それに残された日々の言葉も簡単に使ってほしくない。その言葉を使うなら、それなりの理由を述べられるぐらい宿題をしておいてほしいものだ。そうしないとまだまだ、余命が長い人を”末期”と決めつけ受 けるべき治療も受けずに死期が早まるとか生活の質の低下なんてことが起こってもらっては困る。”末期じゃないの?”って言いながらカルテにその根拠になるような情報ひとつも書かれていない粗末な所見で患者の未来が左右されるのではたまらない。

チームのベテラン緩和医師は、だから私たちが必要なの、と言う。人生の最後の時、ギアチェンジをする時には専門の目がいるってことよ、それに継続的な医療者への教育もねと。ますますこの仕事が好きになった。 にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
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日本の映画

実家の島根県にある一畑電鉄。松江温泉駅から祖母の住んでいた(今は老人施設に住んでいるので)出雲大社を走る私鉄。実家にいたころは何度か利用した。旦那と帰省するようになってからなんとも言えないノスタルジックな電車にもっと惚れて利用している。で、この夏の帰省時、乗りはしなかったが、駅に行って足湯につかった。その時みた看板。Railwaysって映画が作られていたと知った。偶然にも帰りの飛行機の中で上映中の映画のひとつだったので、見てみた。

大好きなふるさと、ゴトゴトと宍道湖湖畔と田んぼの中を走る。出雲大社の駅のシーンは自転車で駅まで送り迎えに来てくれていた祖母のことを思い出す。旦那はとてもこの映画を気に入っていた。私もと言いたいところだが、ちょっと気に入らないところがあったのだ。

主人公の母親が死ぬ場面だ。彼女は余命短いがんと診断され、本人に告知されることなく死ぬのだ。本人に告知をしないことが、未だに当たり前なのだろうか?と考えさせられた。それに加え様態が悪くなったとき、酸素やら点滴やらして持ち返し、最後の場面も再び、そういう医療行為をする中で亡くなった。これが普通の市民が想像するがん患者の最後の時なのだろうか、と。そうだとするとホスピス緩和ケアのフィロソフィーはまだまだ浸透していないのだ、と思わされた。それと同時にこういう誤解を招くようなドラマや映画をもう創らないで欲しいと思った。

人間らしく最後の瞬間を生きる。医療者にベッドの周りを占領されるより、静かに大好きな家族の手を握りながらさようならができる、そういう環境を整えられることが大切だ。「お医者様にすべてを尽くしてもらった」という家族の満足感、「すべてを患者に施した」という医療者の満足感が何よりも優先されている。患者自身はいったい何を望んでいたのか?その人の人生の最終幕をその人らしく下ろすことができたか?が抜けている。患者が中心にいるはずなのに、患者が抜けてしまっている。そういう古い医療モデルからの脱出を願いたい。

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