ホスピス、緩和ケア看護覚書*カナダ編

カナダでホスピス看護師をしています。2009年9月からバンクバーの某大学院 でMaster of Science in Nursing を始めました。End of Life CareのCNSになれるようにがんばります。半学生、半看護師の生活です。そして3児の母親でもあり、カナダ人の夫とは11年たっても熱愛中でごじゃいます。ブログに登場する人物名はすべて仮名です。

慢性病

心配

震災から一週間がたちました。避難されている方、大切な方を亡くされた方に心よりお見舞いを申し上げます。

震災以来、インターネットで日本のニュースを見ていて気づいたのだが、報道されるニュースの内容が、CNNやBBC、こちらの新聞で報道される内容とギャップがあることだ。

日本のニュースは”何がおこったか”に重点がおかれており、海外のニュースはそれに加えて”今後の可能性”を報道している。

例えば、原発に関することであれば、どういう防御設備があったけれど(13策)、それがすべて稼動しなかった、と詳しくそのことについて書かれている。現時点で最悪の場合を回避する策は少なく、カナダ政府もアメリカにならい在日カナダ人に80Km圏内から退避することを勧告していまる。このギャップについて日本での会見では”海外側の情報の解釈違い、混乱、基準の違い”などをあげていたが、海外はまったく逆の見方をしている。

災害地や避難場所での医療の現状はどうなのだろうか。避難先で慢性病(高血圧、心臓病、糖尿病などなど)の薬を持っていない人への対応はどうなのだろうか。避難民は30万人を超えている。薬がなければ慢性病が急性期症状を起こし、急性期医療がもっと必要になる。

水が貴重ななところで手洗いを励行することはできない。風邪やインフルエンザ、胃腸炎などの感染症の集団発生を抑えるためには、水の変わりになるアルコールの消毒剤が必要になる。医療者間で使われるものはアルコール度数が高いものだ(60%以上が必要濃度)。私が日本へ帰った時、アルコール度数が低く効果が低いものも市販されていた。日本はマスクを信じる人が多いが、病原菌が体に侵入するルートで一番なのは病原菌がついた手を口へ持っていったり、目をこするからだ(だから幼稚園や小学校で感染症が起こりやすい。手洗いの励行がとても重要)。政府の医療部門はこういうことを念頭に入れてアルコール消毒剤をいち早く避難地へ送ってほしい。

日本のニュースで低体温になったらペットボトルを脇の下やソケイ部に当てることを言っていた。お湯の温度は42度までと。糖尿病で皮膚感覚が無くなっている人やお年寄りの人にはとても危険である。”熱い”と感じることや、熱いものから体を離すことができず低温やけどを起こすからだ(カナダでは湯たんぽ、電気あんかや毛布の使用は固く禁止されている。在宅では自分のリスクで使用する人がいて冬になるとそれによるやけどが増加する)。脱水症状、低体温症、やけどなどトリプル被害はいらない。するなら直接肌には当てず、頻回な観察が必要だ。

たくさんの方が一生懸命救助活動や援助活動を行っている。政府の人もそうだろう。

しかし、未だに日本の学識者が原発問題に参加しているようには思えないし、医療に関しても、災害医療、公衆衛生や慢性病のリーダー的学識者と政府がチームを作って組織的な取り組みを行っているようにも思えない。薬の流通が確保されていなければ医療者を被害地に送っても効果的に医療を行うことはできない。

緊急事態の中で正確な判断をするのは簡単ではない。だからこそ外からの助けを受け入れ、グローバルなチームで取り組むことが大切なのではないだろうか。

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貧困と病気

難しいと頭を抱えていた今期のコースも、なんとか一つ目のペーパー提出が終わりホッとしたところ。課題は5つの法律の中からひとつを選び、どういう理論が基本となって作られたか、そのためどういう影響がヘルスケアにでているか、看護はどうかなどということを書かなければならなかった。私が選んだのはカナダヘルスアクト、医療基本法みたいなものだ。掘り下げてみればみるほど、いろいろな現象が浮かびあがり自分でも満足いくものができた。

以前は仕事もせずブラブラしている人をみると、自分の意思で定職につかないのかと思っていた。貧困生活に陥るのはその人が自分の意思で勉学をおこたり、技術も習得せず、などと思っていた。しかし、最近は考えが変わった。 “ライフスタイルによる病気”という言い方がはやる昨今。肥満や喫煙、その人自身の責任しだいのように受け止められるが、そうではない。収益を目的とした広告や学校のカフェテリアでのジャンクフードの販売などは個人の責任ではない。もちろん意思が強い人にとっては広告が激しかろうと、健康的な選択をするだろう。しかし生まれた時から、虐待を受けて育ったら?親が教育の価値観を持たず、学校へ行くというチャンスがなかったら?避妊の教育を受けることなく若年のうちに妊娠してしまったら?環境因子により、貧困に追いやられる人もいる。それゆえ病気になる人もいる。環境因子は個人の責任ではない。社会が取り組んでいかなければならないことだ。

で、今日訪問で訪れた家は想像を絶するものだった。以前にも書いたがハイリスクな場所を断ることはできる。しかし危うそうなところを継続して訪れることもある。うわさには聞いていたけれどこれほどはと思う所だった。一人目は車庫に住んでいる。以前は浮浪者だったそうだが、、、。車一台入る車庫にベッドとテレビ、ユニットバスがあり、コンロが二つ置いてある。窓がないのだ。真っ暗な暗がりで彼は生活しているのだ。両足に転んでできた傷が一年近く治らない。その理由は合併症の多さだ。足への循環が悪いからだ。そして環境因子も高いだろう。松葉杖をつきながら自分で洗濯や清拭をすると言う。コンクリートの床にダンボールをひいて、清潔とはいえない環境だ。しかし病気のため細かく整理整頓。行き届いた掃除なんてものはのぞめない。週に何回かは食事サービスをもらっている。今日は日曜日。教会へ行きたいからできるだけ早く来てほしいと。教会へはハンディーダートという州の無料のお迎えバスサービスで行くそうだ。住んでいるところだけをみるとぎょっとする。しかし本人は気さくでかんじの良い方だ。彼だけではない、次の家も似たような状況で患者は良い人だ。そして次の次も、と毎日驚くような環境で生きている人々に出会う。

ああいうところに住んでいる人は自暴自棄なんていう思いはまったくな思い違いだと思い知らされた。ペーパーでも書いたのだが、貧困と病気のつながりはとても強い。発展途上国がその良い例だろう。しかしこの関係は発展途上国のものだけではない。資本主義社会の中でも注目されている。カナダもそのひとつだ。リサーチでその関連性は裏づけされている。収入が低くなればなるほど、慢性病が多く、病院の使用率も高まると。豊かな国の中でどうしてこのように差が出てくるかだ。国が豊かでも経済的収益はお金持ちにいくようになっていて、働き蜂以下には働いても働いても暮らしが楽にならないようになっているからだ。そして前回も書いたが国の生活保障が薄いと、働けなくなると(保障などがない仕事)かなりつらい生活になるのだ。今の職場に就職する時ある程度の心構えはあった。なんたって車の盗難一位なんてもらいたくない名誉をもつ街ですから。“その人の家へ行く”というのは本当にその人の生活のスナップショットを見るようなもので、病院で患者と会うのとはまったく異なる。教科書で読むよりずっとリアルだった。リアルすぎで今夜は心がざわついている。

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