ホスピス、緩和ケア看護覚書*カナダ編

カナダでホスピス看護師をしています。2009年9月からバンクバーの某大学院 でMaster of Science in Nursing を始めました。End of Life CareのCNSになれるようにがんばります。半学生、半看護師の生活です。そして3児の母親でもあり、カナダ人の夫とは11年たっても熱愛中でごじゃいます。ブログに登場する人物名はすべて仮名です。

認知症

緩和ケアって何だろう

コンサルテーションチームに入って1週間半が経った。毎日、毎日学びの日々で楽しんでいる。しかし、驚くこともたくさんある。そのうちのひとつがコンサル テーションの理由だ。症状緩和とかホスピス入所のアセスメントと書いてあることが多い。で、患者のところに行ってみると、状態はよさそうだし、症状も特に複雑な状態ではない。そして予後は3ヶ月以上はありそうな患者が多いことだ。ホスピスへ入るためには余命が3ヶ月以下であることが必要だし、プログラムに 入れるのは6ヶ月以下となる。それまではしっかり内科や腫瘍科で診ていくものだ。

誰だって完璧ではない。間違いもするだろう。しかしどうも既往にがんがあって体調を崩すと”緩和に任せて”という態度があるように思えてならない。それ以上 に納得できないのが”緩和だから何もしなくていいよ”と検査ひとつしない。カルテに”末期の、、、”なんて書いているがこの末期って言うのはどういう情報の元で書かれているのかわからないものが多い。

先週末から急にせん妄症状がでたイーアンさん。それまでは軽い認知症がある妻の世話をしていたほどだった。今年の2月に肺がんを診断される数年前肺気腫も診 断されていたので、放射線療法などの対象とならなかった。イーアンさんのせん妄が激しくなって訪問看護師はホスピスへの入院を依頼した。しかしホスピスに空きはなく、地元の病院以外へは行きたくないとTPCUではなくERへ搬送された。最後に家庭医に診察された時は(せん妄が起こってから)、もうすぐだと 思います。覚悟するようにと家族は説明を受けている。家族はそれをERの医師に伝え、じゃあレントゲンだけ撮っとく?と一枚だけ検査の依頼。結果は腫瘍の大きさに変化はなくもしかしたら肋骨に転移があるかも知れない。ほかの所見に変化は見られなかった。それなのに他の検査の依頼はない。

で、私の登場。訪問の前に緩和医師と過去の検査や他科のコンサルテーションの所見、がんセンターの所見などすべてに目を通して、予後の大体の予測を立ててい た。で、私たちの結論は予後6ヶ月前後。しかし現在の状況によってというものであった。私は患者のアセスメントをして問診もしっかり行った。顔色もよく、応答も思っていたよりしっかりしていた。食事の摂取量も悪くなかった。すぐに気がついたことは便秘をしていること。便秘でせん妄になる人は多い。次に妻と 娘に電話をして状態が悪くなる前と後の状態の情報を得る。で私の診断は急なせん妄の原因によりけりだと思い。看護師に排便のケアーをするように伝え、受け持ち医師に血液検査などの依頼を頼んだ。で、結果は高カルシウム血症。点滴と注射薬で症状が改善できるではないか!?もちろんこの高カルシウム血症は予後 が不良だということも知らせている。ホスピス入院に適している証拠だ。すぐにホスピス入院への手続きを行った。

緩和医療は何もしないことではない。侵襲の大きい検査を薦めているのではない。簡単な検査や治療で、残された日々の生活の質が上がるなら(せん妄のまま亡く なるのか、改善してさよならをする時間が稼げるのかの違い)、患者の意思に反しない限り行っていくものだ。それに残された日々の言葉も簡単に使ってほしくない。その言葉を使うなら、それなりの理由を述べられるぐらい宿題をしておいてほしいものだ。そうしないとまだまだ、余命が長い人を”末期”と決めつけ受 けるべき治療も受けずに死期が早まるとか生活の質の低下なんてことが起こってもらっては困る。”末期じゃないの?”って言いながらカルテにその根拠になるような情報ひとつも書かれていない粗末な所見で患者の未来が左右されるのではたまらない。

チームのベテラン緩和医師は、だから私たちが必要なの、と言う。人生の最後の時、ギアチェンジをする時には専門の目がいるってことよ、それに継続的な医療者への教育もねと。ますますこの仕事が好きになった。 にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
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強い絆

がんによる症状より重度の認知障害による症状が強い、ジローさん。子供3人はそれはそれは父親思いで当番制で必ず毎日お昼時から夕方までジローさんを訪れずれていた。ジローさんの奥様は心臓も悪く、リウマチもあるけれど、子供たちの介助でできるだけジローさんを訪ねていた。

先日奥様が自宅で倒れた。心臓発作だった。病院へ緊急入院して一日後に亡くなられた。同じ日の夜ジローさんの徘徊がひどかった。昔、漁師だったジローさん。いつもはサーモンや船を捜して歩くのに、その日は奥様の名前を呼んでいた。なかなか病室へ戻ろうとしないジローさん。翌日、私たちスタッフは子供たちから奥様の死を知らされた。ジローさんの徘徊、、、意味があったのだろうか?子供たちはジローさんには奥様の死を知らせたくない、あまりにも突然の死だったので気持ちを整理する時間がほしいと。

スタッフの中には子供たちの決断に憤慨するものもいた。真実を隠すなんてと。ジローさんの夜の徘徊は続く、毎晩奥様の名前を呼んでいる。スタッフは「認知症があってもきっと奥様の身になにかあったことを知っているのよ。かわいそうに真実を隠されて」と言っていた。そして5日後、奥様のお葬式の段取りも済み、子供たち3人がジローさんに伝えることを決心した。


ジローさんはとても意識鮮明で子供たちに「ありがとう教えてくれて、突然だったけど苦しむことなく死ぬことができたことが何よりだ」と話したそうだ。その夜ジローさんはとても穏やかで徘徊することもなく熟眠されていた。

60年も連れ寄った夫婦。築いてきた絆はとても強く、病気を超えてお互いの存在を感じあうのだろうか。

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