パリアティブセデーション(PS)は症状緩和のあらゆる治療やアプローチをしても緩和が図られず、患者の苦しみが絶大でかつ死があと数日、数時間と明らかな時に使う。Euthanasia や Physician-assisted suicide(安楽死)とは異なる。Consequential Sedation(CS)は治療上、使用している薬の副作用のため沈静されることで、目的はあくまでも症状緩和で沈静はそれに付いてくるものだから、PSとは異なる。PSを行う場合はチーム全体が参加し、法的、医療的、倫理的に適切であるか評価をして行っていかなければならない。

先月亡くなられたローリー(仮名)はPSを使用した例だ。ローリーは67才肺がんが原発で肝臓と骨への転移が認められた。痛みのコントロールと共に不安症状がホスピスへきた時から強く、夜も眠れず部屋の中をうろうろする状態だった。疼痛と不安症状のコントロールが難しく、せん妄も出現しベッドから転落するようになった。せん妄の原因追求や新しい処方も開始、心配する家族は24時間付き添うようになったが、状態は改善されずPSを行うことになった。私がローリーを受け持ったのはPSが開始されて3日目。ベッドの上で暴れたり、柵を越えるような動作はなくなり、以前に比べてずっと安らかな状態だった。4日目明らかな病状の進行(衰弱)が認められ、死が近づいていることを示していた。

私はベッドサイドにいた娘のリンダ(仮名)のサポートをしようと働きかけていた。リンダは“PSを中止して欲しい”と言い出した。理由は“もう一度父と話がしたいから”と言うのだ。よくあるケースだ。しかし、この時点では薬が沈静させているのではなく、病状の進行が意識障害をもたらしているので、鎮静剤を中止しても会話ができる可能性はないに等しい。リンダに聴力は最後に失う機能だから、しっかり話しかけてあげて、と話すと“私は父の声が聞きたい、反応が知りたい”と言う。ホリスティックなアプローチも話してみた。私がした時は良い反応があってコネクションを感じた。リンダにやり方を教えてサポートしようとしたけど、一人でやってみたいと言う。反応は、、、“父の声が聞きたい”だった。声を重視するのではなく、コネクションを、、と話してみたが、あまり興味がない様子。では、どうして父親の声が聞きたい、反応が知りたいのか聞いてみた。リンダは自分と父親の関係を話し出した。ローリーは中国系、母親はスペイン系で彼女はハーフだ。ローリーはアジア人らしくリンダの兄と弟を大切にし(男子が家子供に対して愛してるとも言わなければ、ハグしてくれたこともない。子供の頃から自分が愛されているかどうか不安で仕方なかったと言う。成人しリンダはそのつらさから家を出る事を決意した。本心は父から止めて欲しいと思いながら。しかしローリーは何も言わず、リンダはそれを機に絶縁することを決めた。結婚し、母親になり、何年も経ってから父が末期の癌だと言うことを知らされた。母親の助けもあり、ローリーと交友を再開させ、近所にも引越した。10年以上の空白の時間を埋めたくてリンダは一生懸命だった。ローリーの状態が悪くなるに連れて意地を張っていた自分を後悔し、ハグや愛しているという言葉にこだわってきたのだろうかと思ったそうだ。まだまだ10年の空白は埋まりきっていないから、死んで欲しくない、父と話したいのだと言う。私はローリーの反対側に座って彼の手を握りながら、リンダにも彼の手を握ることを薦めた。そしてリンダにもっと詳しく昔のことや、父親に対する思い、後悔の気持ち、感謝の気持ちを話せるように会話をガイドしていった。それと同時にまるでローリーが意識清明でこの会話に参加しているかのごとく、フレーズをリピートしたり、こんなに娘さんに愛してもらって幸せものですね、などと言いながら彼女のストーリーを進めた。会話は次第に“後悔している”ことから“父のために自分がしてきたこと”に変わって行き、私はそれを強調するようにローリーに話しかけた。随分長い間話した後、リンダに“今言ったことをローリーはしっかり受け止めたと思いますよ。ほらこんなに顔だって穏やかになりましたねと伝えた。”リンダも安堵したようなローリーの顔を見てはっとしたような、落ち着いた顔を示した。そして“ありがとう手伝ってくれて”と彼女は言った。私が退室して30分後ローリーはリンダに手を握られたまま永眠された。

偶然だったかもしれない。しかし、死に逝く人たちにとって安らかな気持ちで旅立つことは大切だと思う。残された家族にとっても何らかの結びの言葉のような、やり遂げた達成感のようなものも必要になると思う。それがあるから安心して見送れるのであって、安心して旅立てるのだと私は信じている。