ホスピスの病室にそれぞれガラスのウインドウケースがある。部屋の中ではなく、部屋の外にある。開設当初はプライバシーの問題で、使用する人は少ないのではと言っていた。新ホスピスに移転して一年。20個ある(全部で20室ある)ウインドウボックスには様々なものが飾られてきた。家族の写真。健康だったときの写真。趣味の品。思い出の品などだ。
病棟が静かな時、それを一つ一つ見て回るのが私のひそかな楽しみだ。WW?でもらった勲章がぎっしりと飾られている。発展途上国の井戸の建設に携わってきて受賞したときの写真や楯。結婚写真。日本人形や釣竿、モデルカー。医療者として“全人的アプローチ”をすると言うが、簡単な事ではない。“患者”というラベルの下で疾患や症状にどうしても注目してしまう。この患者さんが生きてきた80年。入院してから、最後の3週間を看取る私たち。80年と3週間じゃ比べ物にならないほど“知らない”患者の部分がずっと大きいのだ。私にとっては、そういうことを思い知らせてくれるのがこのウインドウボックスなのだ。
先週ロシアから移民してきたおばあちゃんを受け持った。英語を片言しか話さない。娘か息子が通訳をしてくれる。耳も遠く、なかなか症状アセスメントをするのが難しい。そのためか非言語的なコミュニケーションを重要視してベッドサイドに長くいた。化学療法で失った髪の毛、しかしそのために綺麗な頭と顔の骨格がくっきりしてすごい美人だったことを伺わせられた。そして綺麗な瞳。東ヨーロッパ系の黒でもなくネイビーでもない綺麗な瞳。すいこまれて行きそうな色だ。思わず“綺麗な瞳ですね”と言ったら息子が通訳をして、おばあちゃんは号泣しだした。“そんな綺麗な瞳はもう持っていないの、、、”と。
そういえば9年前にランガラカレッジでホスピスについて学んでいた時、がんサバイバーのシングルママをスピーカーとして迎えた。若くてとても綺麗な人だった。赤毛の大きなカールがかかった髪が印象的だった。彼女は髪の毛を失くした時の辛さを話していた。他の生徒が“でも今の髪の毛とっても素敵ですよ”と言えば言うほど、彼女は辛そうな顔をした。“私の髪は化学療法で失ったの。黒くてストレートの髪が私の本当の姿なの。今の私は昔の私ではない” と。生徒は赤毛がどんなに綺麗か繰り返し強調していたが、全くの逆効果だったことを覚えている。
ラウンド中におばあちゃんの反応の話をすると、ボランティアコーディネーターのべスが、“容貌の変化による喪失を感じているのね。辛いでしょうね”と。HPC医師が、そういえばこのおばあちゃん元オペラ歌手だったのよ~と。綺麗で人を感動させる人だったんだな~としんみり思った。
病気による容貌の変化は乳房喪失や性機能の喪失だけではない、髪の毛や瞳の輝きだって十分な喪失感を与えるのだと再度思わされた。他の体の部位がどれだけ素敵かと話題をごまかすのではなく、その“喪失の痛み”を感じられる、そういう医療者の態度が大切なのだ。
病棟が静かな時、それを一つ一つ見て回るのが私のひそかな楽しみだ。WW?でもらった勲章がぎっしりと飾られている。発展途上国の井戸の建設に携わってきて受賞したときの写真や楯。結婚写真。日本人形や釣竿、モデルカー。医療者として“全人的アプローチ”をすると言うが、簡単な事ではない。“患者”というラベルの下で疾患や症状にどうしても注目してしまう。この患者さんが生きてきた80年。入院してから、最後の3週間を看取る私たち。80年と3週間じゃ比べ物にならないほど“知らない”患者の部分がずっと大きいのだ。私にとっては、そういうことを思い知らせてくれるのがこのウインドウボックスなのだ。
先週ロシアから移民してきたおばあちゃんを受け持った。英語を片言しか話さない。娘か息子が通訳をしてくれる。耳も遠く、なかなか症状アセスメントをするのが難しい。そのためか非言語的なコミュニケーションを重要視してベッドサイドに長くいた。化学療法で失った髪の毛、しかしそのために綺麗な頭と顔の骨格がくっきりしてすごい美人だったことを伺わせられた。そして綺麗な瞳。東ヨーロッパ系の黒でもなくネイビーでもない綺麗な瞳。すいこまれて行きそうな色だ。思わず“綺麗な瞳ですね”と言ったら息子が通訳をして、おばあちゃんは号泣しだした。“そんな綺麗な瞳はもう持っていないの、、、”と。
そういえば9年前にランガラカレッジでホスピスについて学んでいた時、がんサバイバーのシングルママをスピーカーとして迎えた。若くてとても綺麗な人だった。赤毛の大きなカールがかかった髪が印象的だった。彼女は髪の毛を失くした時の辛さを話していた。他の生徒が“でも今の髪の毛とっても素敵ですよ”と言えば言うほど、彼女は辛そうな顔をした。“私の髪は化学療法で失ったの。黒くてストレートの髪が私の本当の姿なの。今の私は昔の私ではない” と。生徒は赤毛がどんなに綺麗か繰り返し強調していたが、全くの逆効果だったことを覚えている。
ラウンド中におばあちゃんの反応の話をすると、ボランティアコーディネーターのべスが、“容貌の変化による喪失を感じているのね。辛いでしょうね”と。HPC医師が、そういえばこのおばあちゃん元オペラ歌手だったのよ~と。綺麗で人を感動させる人だったんだな~としんみり思った。
病気による容貌の変化は乳房喪失や性機能の喪失だけではない、髪の毛や瞳の輝きだって十分な喪失感を与えるのだと再度思わされた。他の体の部位がどれだけ素敵かと話題をごまかすのではなく、その“喪失の痛み”を感じられる、そういう医療者の態度が大切なのだ。
